宇都宮藩
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宇都宮藩概要
宇都宮藩概要:
慶長2年(1597)領主だった宇都宮氏が突然改易され、慶長3年(1598)からは蒲生秀行が入ります。秀行は関が原の合戦で功があった事から12万石から60万石に加増され会津若松城(
福島県
会津若松市)に移封、慶長6年(1601)からは奥平氏、元和5年(1619)からは本多正純が15万石で入封します。正純は宇都宮城の大改修や現在の宇都宮市中心部の基礎となる町割りを建設しています。しかし、正純は元和8年に権力争いから11か条の罪状嫌疑を突きつけられ、佐竹氏預かりとなり横手(横手市)に幽閉され最期を閉じます。
宇都宮
は江戸に近く、
日光東照宮
への将軍参拝の折には宇都宮城内が宿営地となった為、正純以降も譜代大名が歴任し、江戸時代中期まで短期間で何度も藩主が交代しています。安永3年(1773)に戸田氏が7万7千石で入封すると明治維新まで戸田氏が藩主を歴任しようやく安定した藩政が行われるようになります。戊辰戦争では新政府側に組し旧幕府側の土方歳三らによって一時宇都宮城を占拠されるなど激戦が繰り広げられ城内だけでなく城下町全体が大きな被害を受けます。明治4年(1871)に廃藩となり宇都宮県となり明治6年(1873)に栃木県に編入されています。
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宇都宮藩歴代藩主
藩主名
藩主年間
石高
備考
初代
蒲生秀行
1598〜1601
18万石
初代
奥平家昌
1601〜1614
10万石
2代
奥平忠昌
1614〜1619
10万石
初代
本多正純
1619〜1622
15万石
初代
奥平忠昌
1622〜1668
11万石
2代
奥平昌能
1668〜1672
11万石
初代
松平忠弘
1672〜1681
15万石
初代
本多忠平
1681〜1685
11万石
初代
奥平昌章
1685〜1695
9万石
2代
奥平昌成
1695〜1697
9万石
初代
阿部正邦
1697〜1710
10万石
初代
戸田忠真
1710〜1729
7万7千石
2代
戸田忠余
1729〜1746
7万7千石
3代
戸田忠盈
1746〜1749
7万7千石
初代
松平忠祇
1749〜1762
6万6千石
2代
松平忠恕
1762〜1774
6万6千石
初代
戸田忠寛
1774〜1798
7万7千石
2代
戸田忠翰
1798〜1811
7万7千石
3代
戸田忠延
1811〜1823
7万7千石
4代
戸田忠温
1823〜1851
7万7千石
5代
戸田忠明
1851〜1856
7万7千石
6代
戸田忠恕
1856〜1865
7万7千石
7代
戸田忠友
1865〜1871
7万7千石
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