横須賀藩

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横須賀藩概要
横須賀藩概要: 慶長5年(1600)の大須賀忠政が6万石で入封し横須賀藩を立藩。忠政は徳川家康の重臣榊原康政の長男から大須賀家に養子に入った人物だったことから元和元年(1616)、榊原家が嗣子無くして死去すると2代忠次が榊原家を継ぐ事となり館林藩群馬県館林市)に移封となります。元和5年(1619)、松平重勝が関宿藩から2万6千石で入封しますが、2代重忠が元和7年(1621)、上山藩山形県上山市)に移封となり井上正就が5万2千5百石で入封します。正保2年(1645)、正就が笠間藩茨城県笠間市)に移封になると岡崎藩愛知県岡崎市)から本多利長が5万石で入封、しかし、悪政を行った為、天和2年(1682)に改易となります。代わって西尾忠成が小諸藩長野県小諸市)から2万5千石で入封し8代続き明治維新を迎えます
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横須賀藩歴代藩主
 藩主名藩主年間石高備考
初代大須賀忠政1601〜1607年6万石 
2代大須賀忠次1607〜1615年6万石 
初代松平重勝1619〜1620年2万6千石 
2代松平重忠1621〜1622年2万6千石 
初代井上正就1622〜1628年5万2千石 
2代井上正利1628〜1645年5万2千石 
初代本多利長1645〜1682年5万石 
初代西尾忠成1682〜1713年2万5千石 
2代西尾忠尚1713〜1760年2万5千石 
3代西尾忠需1760〜1782年2万5千石 
4代西尾忠移1782〜1801年2万5千石 
5代西尾忠善1801〜1829年2万5千石 
6代西尾忠固1829〜1843年2万5千石 
7代西尾忠受1843〜1861年2万5千石 
8代西尾忠篤1861〜1868年2万5千石 

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