大垣藩

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大垣藩概要
大垣藩概要: 慶長6年(1601)、関が原の戦いの功で石川康通が5万石で入封し大垣藩を立藩します。慶長12年(1607)康通が死去すると嫡子が無かった為、父親で隠居していた家成が2代藩主となり慶長14年(1609)に家成が死去すると甥で養子に迎えた石川忠総が3代藩主になっています。元和2年(1616)忠総が日田藩(大分県日田市)に移封になると関宿藩(千葉県野田市)から松平忠良が5万石で入封、2代松平憲良が寛永元年(1624)に小諸藩長野県小諸市)に移封になると福知山藩(京都府福知山市)より、岡部長盛が5万石で入封します。寛永10年(1633)、2代宣勝が龍野藩(兵庫県たつの市)へ移封になると淀藩(京都府京都市)から松平定綱が6万石で入封、寛永12年(1635)に桑名藩(三重県桑名市)へ移封になると尼崎藩(兵庫県尼崎市など)から戸田氏鉄が10万石で入封するとようやく安定し11代戸田家が藩主を世襲し明治維新を迎えます。大垣藩領は洪水が起りやすい地域で、歴代戸田家藩主は治水工事を進める一方で新田開発に力を入れ短期間で1割以上の増産を果たしました。又、法整備や俸禄制への移行も早くから整備され戸田家は譜代大名の割りには幕府の要職に就かず、移封、改易が無かった為比較的安定した藩政が行われました。しかし、島原の乱や大原騒動の鎮圧や洪水、江戸藩邸の火災、将軍家日光東照宮社参警備などの出費が嵩み江戸時代中期には財政が逼迫し、大幅な家臣の整理や俸禄の半減、調達金の徴収などが行われました。幕末には長州出兵や鳥羽伏見の戦いなど幕府側で組しましたが、その後新政府軍に転じ、宇都宮城(栃木県宇都宮市:宇都宮藩)、白河城(福島県白河市:白河藩)、棚倉城(福島県棚倉町:棚倉藩)、鶴ヶ城(福島県会津若松市:会津藩)攻防戦など各地を転戦し大きな功を挙げています。
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大垣藩歴代藩主
 藩主名藩主年間石高備考
初代石川康通1600〜1607年5万石 
2代石川家成1607〜1609年5万石 
3代石川忠総1609〜1616年5万石 
初代松平忠良1616〜1624年2万石 
2代松平憲良1624年2万石 
初代岡部長盛1624〜1632年5万石 
2代岡部宣勝1632〜1633年5万石 
初代松平定綱1633〜1635年6万石 
初代戸田氏鉄1635〜1651年10万石 
2代戸田氏信1651〜1671年10万石 
3代戸田氏西1671〜1684年10万石 
4代戸田氏定1684〜1723年10万石 
5代戸田氏長1723〜1735年10万石 
6代戸田氏英1735〜1768年10万石 
7代戸田氏教1768〜1806年10万石 
8代戸田氏庸1806〜1841年10万石 
9代戸田氏正1841〜1858年10万石 
10代戸田氏彬1858〜1865年10万石 
11代戸田氏共1865〜1871年10万石 

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