日本三大霊地(恐山・川原毛地獄・立山)

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恐山

恐山

恐山(青森県むつ市下北半島)概要: 恐山恐山は日本三大霊地、日本三大霊場、日本三大霊山の1つと言われています。恐山菩提寺の創建は貞観4年慈覚大師円仁が"東方行程30余日の所に霊地があり地蔵尊像を安置せよ"という霊夢により東北巡錫を行い山寺立石寺に次いでこの地を訪れ開山したと伝えられています(一説には魚を咥えた鵜が山を越えるのを見て慈覚大師が恐山を見つけたとも言われています。)。当初、恐山金剛寺として天台宗の修業道場として繁栄しましたが康正年間に起こった蛎崎の乱の兵火によって焼失し一時衰退し、享禄3年聚覚和尚が再興し寺号を釜臥山菩提寺と改称します。戦国時代には八戸南部氏に庇護され永禄年間に堂宇が修築が行われています。恐山山地は火山活動で出来たカルデラ湖と言われている宇曽利湖(恐山湖)を取り囲む釜臥山、恐山大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山の総称でその形状から蓮華八葉に例えられています。恐山は1万年以上前に噴火したと言われる休火山の為、周囲では現在でも水蒸気や火山性ガスの噴出が盛んで、植物が育たなく硫黄臭と荒涼とした景観は地獄のような印象を受けます。の境内は死後の世界に例えられ宇曽利湖の浜辺は極楽浜、正津川は三途川と称され死んだ人間は恐山に集まりやがて浄化して天に昇ると信じられています。その為、恐山の例祭にはイタコが死者の御霊を呼び、口寄が行なわれ現在でも多くの人達が集まるそうです。

川原毛地獄

川原毛地獄

川原毛地獄(秋田県湯沢市)概要: 川原毛地獄川原毛地獄は古くから羽州(現在の秋田県と山形県)の通融嶮と呼ばれ、恐山(青森県むつ市)、立山(富山県立山町)と共に日本三大霊山の1つに数えられています。古代から数多くの修行僧や信者達が訪れ、女性が立ち入る事が制限された所謂「女人禁制の山」となっていました。平安時代初期の大同2年(807)、月窓和尚が霊通山前湯寺を開山し、その後、真言宗の開祖慈覚大師空海が訪れ、法羅蛇地蔵と自ら製作した面を奉納している。室町時代の明徳4年(1393)、前湯寺は梅檀上人により川原毛地獄から三途川の畔に境内を移しています。川原毛地獄には血の池地獄や針山地獄など136の地獄があり、極楽もあり。熱湯が噴出して湯の川の源泉となり、川原毛大湯滝や川原毛温泉跡もあります。硫黄の採掘は、江戸時代初期の元和9年(1623)から昭和41年(1966)まで344年間も続きました。

立山

立山

立山(富山県)概要: 立山立山は古くから日本三大霊場、日本三大霊地、日本三霊山の1つに数えられる山岳信仰の山として信仰の対象となってきた山で、立山多くの信者が参拝登山を行ってきました。主祭神は伊弉諾尊、本地仏は阿弥陀如来と神仏混合の形態をもち立山本峰の雄山に峰本社、中腹に祈願殿(芦峅寺)、里宮に前立者壇(岩峅寺)の3社が一体となっています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が形式上廃され現在は雄山神社となっています。現在の立山は美女平や称名滝、弥陀ヶ原、室堂平、みくりが池、地獄谷などの景勝地を求めて多くの観光客が訪れています。

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